『夢論議』



 「どぉも、アンタが言ってる事は解らないねぇ。
  それは何なんだい?現実が無くなったら、みぃんな消えちまうんじゃないのかい?」

 そいつは、とても不思議そうにそう言った。小鳥がそうやるように、クッ、クッ、と小刻みに首を傾げて。
何回言ったら分かるのかとうんざりしながらも、僕はもう一度話してやる事にした。

 「いいかい? 僕らが見る事、僕らが思い描く事、僕らが目指す事。
  全部『夢』なんであって、現実じゃない。僕らはいつだって夢を見て、いつだってそれを楽しんでいるんだってば。
  そもそも、現実なんていう認識すら無くて良いんだ。僕らは夢で暮らしているんだから。
  ……そうだ、解かりやすいように、君の中に今存在してる言葉を使って簡単に言おう。
  『現実』は『夢』でできてるんだよ。これで解ったかい?」

 これで何回目だっけか? これと同じ事を何度こいつに話したっけ。数え切れないくらいだ。そうだ。
 僕が言ってることは、最初っから絶対に間違ってない。自信がある。
それだから、こいつにも理解できるように沢山話した。
それでもこいつは、小鳥でもないのに毎回必ず首を傾げる。小鳥みたいに飛べない癖に。……僕も飛べないけど。
そうだ、自由に大空を飛ぶ、という夢を見てみれば良いのに。夢は楽しいのに。どうしてこいつは――?

 「その『夢』ってのがどうも解らないねぇ。」

 僕の心を読んだのだろうか? もしかしたらそうかもしれない。
こいつは実は魔法使いで、僕を簡単にどうにかできたりするのかも。
僕が既にこいつの魔法にかかってるとしたら、とても滑稽に見えるんだろうなぁ。
まてよ、もしかしたら、こいつは幻だったり……っとと、話途中だっけ。答えてあげないと。

 「『夢』は『夢』さ。何でもありなんだ。みんな夢を見ているよ。そして、僕にはそれが全部見える。
  僕はみんなの夢も、僕の夢も集めて、その中で生きてる。君もそうすれば?
  とっても快適だよ。まずは軽く夢を見てみればいいんだ。何でもありだから簡単だよ。」

 「できないねぇ。解らないからねぇ。」

 まだ解ってもらえないのか。こいつは夢を見たことが無いのかな?
そんな馬鹿な事はないと思うけど。ちょっと訊いてみよう。それではっきりするだろう。

 「ねぇねぇ、君。まさか君は、一度も夢を見たことが無いのかい?
  大空を飛んだりさ。沢山の食べ物に囲まれたりさ。」

 「そりゃぁもう。『夢』とやらの見方も知らないからねぇ。
  それに、空を飛ぶってのは危なっかしそうだし、食べもんだって今のままで満足さね。」

 ……!!
夢の見方を知らない!? 道理で! 道理で話しが通じないわけだ!
夢が見られないなんて。なんて気の毒なんだろう。
心の中でとはいえ、責めてしまった事にとても罪悪感を感じる。
でも、そんな今こそ僕の出番じゃないか。夢の見方、教えてあげなくちゃ。

 「夢は、眠ってる時とかにたまに見る物なんだ。でも、もちろん起きてる時だって見られるんだよ。
  ああだったらいい、こうだったらいい、こうなりたい、ああなりたいって……」

 そこまで言って気づいた。夢の見方すら知らないって事は、
夢を見てても気付かなかったって事もあるじゃないか!
そうだ、きっとそうに決まってるさ。夢を見ない生物なんて居ないんだから。絶対。

 「そういうの、全部が『夢』さ。本当に、見たことない? 
  一つくらい、あると思うのだけど。」

 「そうさねぇ……」

 考え込んでいる。やっぱり、気付いてなかっただけだったんだ。
さてさて、こいつは、どんな夢を見てたのかな? 楽しみだなぁ。
他の奴の夢を聴くのは大好きだ。そして、そんな夢々の中で僕は生きてる。とっても幸せ……

 「……一つ、質問があるんだけどねぇ」

 「なんだい?」

 「夢、ってモンは、見るだけが『夢』なのかい?
  実現したら『夢』じゃなくなるのかねぇ?」

 「当たり前さ。夢だもの。」

 「そうさねぇ、それじゃぁ……」

 いよいよ発表の時だ。
僕は耳を済ませる。この時の為に、僕はこの沢山の時間を使ったと言ってもいい。
幸せが後に待つから夢。先にもあるから夢。僕の世界は夢。
ささ、どうぞどうぞ。わくわくしてきたぞ。

 「それじゃぁ、あたしは夢なんざ見たことないねぇ。」

……え?
何て、言った?
こいつは何て言った!?
頭を殴られたようなショックだ。
本当に夢を見たことがない!?
おかしいよ、おかしい、こいつ、おかし過ぎる! 生物はみんな夢を見るんだよ!?

 「いんや、おかしいことなんざ一つもないさね。」

 ……どうやら、少し声に出てたみたいだ。
僕が少しばかりの反省をしている間に、
こいつは、妙な無表情のまま言葉を続けている。

 「だってさ、夜はぐっすり寝ちまうから、夢なんざ見えやしないよ。
  昼間は周りとのお喋りの時間がたぁっぷり必要で、何か考えてる場合じゃないしねぇ。
  お喋りや自分の子供の世話をしてるうちに、おてんとさんは真っ赤になってねぇ、
  その真っ赤なおてんとさんに、今日もいちんちご苦労さん、って声かけてさ、
  その後はすぐにぐっすりさね。
  どぉだい、夢なんざ見てる暇ないだろう?」

 そう言い切って、こいつはカラカラと笑った。
何を自信有り気に。僕だったら、同じ生活をしても、二、三十は夢をみれるぞ。絶対だ。
こいつは、僕が言い返さないのを見て、まだまだ言葉を続けるつもりみたいだ。
やっぱり、こいつとはウマが合わないような気がする。

 「確かにねぇ、小さい頃は、立派な大人になりたいーだとか?
 たくさん赤ちゃんを育てるんだー、だとか、お父さんみたいに、高い所で朝の朝を教えるんだー、だとか、
 いろいろ考えてたけどねぇ、」

 おぉ? なんだ、いろいろ言っても、やっぱり夢、見てるじゃないか!
それが夢だよ。この話が終わったら教えてあげよう。

 「そんなん、すぐーにかなっちまったよ。
  今は子供はたぁくさんいるしねぇ。立派な大人の在り様なんざ、心がけ次第さね。
  そうそう、女は朝を告げる仕事には就けない、って解ったんだけどねぇ、
  これも気の持ちようさ。
  箱が積んであるんだけどね、そのいっちゃん上に登って、鳴きゃぁいいのさ。
  近所の奴等ぐらいは起こせる。充分朝を告げてるだろう?
  ほぉれ、ぜーんぶ実現してるじゃないか、『夢』にはしなかった。
  現実は夢でできてるって、あんた言ったっけねぇ。逆じゃないのかい?」

 …………確定だ。こいつとはウマが合わない。
僕が言ってるのは、そんな事じゃない、と後何百回言えば分かるのだろう。
いや、もう何千回言ったって、こいつはきっと分かっちゃくれない。

 「おや。おてんとさん、もう真っ赤さね。」

 本当だ。どれだけこいつと話してたんだろう。

 「いやいや、散歩が随分ながぁくなっちまったねぇ。」
 
 そう言いながら笑った。こっちはちっとも可笑しくない。こいつみたいに笑えない。
 
 「じゃぁ、また機会があったら会いにくるさね、アンタの話は、良く解らなかったけど、面白かったよ。」

 それだけ言うと、あいつは僕の目の前から遠ざかっていった。
早く、もっと遠くへ、もっと小さくなっちまえ。そしてそのまま消えちまえ。
もう、こりごりだ。二度とああいうのとは会いたくない。




 ……僕は、間違ってない。と、思う。
僕は夢が好きだし、僕の仲間も、絶対……多分、夢が好き。だと思う。
僕の心の中心部に立ってる柱を、軽々とあいつは揺さぶっていったけれども、
僕の言い分は間違ってない。自信は……まだある。少し磨り減ったようだけれど。
次は、絶対解らせてみせる。
いくら減ったって、この自信が完全になくなってしまう事なんて、きっとないのだから。
 二度と会いたくない、ってのは撤回だ。
もう一度会わないと気がすまない。

あいつは、何ていう鳥だったっけ。
飛べない……じゃない、飛ばなくなった鳥。朝を告げる鳥。
……名前なんてどうでもいいか。また会えば分かるさ――。




――夜を象徴する夢。
    朝を告げる鳥。
    たとえそれが真逆の存在で
     幾度ぶつかり合おうとも
      彼等の考えは変わりはしない――



『夢論議 〜夢喰い獣と朝を告げる鳥〜』 完

読むのを止める