この世界には常に何かしらの臭いが漂っている。
人々に無臭とされる場所でも嗅ぎとれる臭いは山ほどあった。
それは物の存在だけでなく、
形も、色も、その挙動さえをも自分達に教えてくれる。
彼等のナビゲートを的確に受ける為に必要な、
誰の顔にでもついている端末。
自分が持っているそれは、他の奴に比べたらちゃちな物だったけれど、
それでも日々を生き抜くのに役に立たなかった事は一度もなかった。
でも、そんな当たり前の日々の中で、
自分は、それがあくまで端末にすぎないのだという事を忘れていたのかもしれない。
あるいは、
けして、この溢れる臭いが消える事態などないと過信しすぎていたのか。
愕然とした。
閉じられたこの場所には、自分の臭いすら漂わない。
急に盲目になってしまったかのような錯覚。
震えすら起こらない今の状態は、真実の硬直だった。
自分には目指している場所がある。
常にそこに向かっているという安心感も、臭いが与えてくれたものだった。
硬直は硬直ではなかった。
表すならば、石化。
自分が自分の意識を覗けなくなるその時まで、
自分が動き出す事はなかった。
この場所は何も臭わない。
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