天使ノ聖戦


第一話「突っ込んできた翼」

「あふあぁぁぁ―――」
イザスは大口を開けて欠伸をした。彼は今、自宅近くの草原でねっころがっている。
空を見上げれば有り得ないほどの青さが広がり、周りを見れば有り得ないほどの緑が生い茂り、
そこらじゅうに色の無いものがびゅんびゅん飛び回っている。カンバスと絵の具を持ってきて、写し取りたいものだ。
然しイザスは、そんなもの持ってはいない。あしからず・・・
「おいー、イザスー!?」
イザスは驚いて飛び上がった。折角こうして退屈な仕事から抜け出したというのに、ライクなんかに探しに来られてしまった。
イザスは背の高い草を利用し、四つん這いになって、見えないようにそろそろと移動を始めた。
ドッ
・・・イザスの頭が、何かにぶつかった。冷や汗が出始める。そろりと、視線を上へと上げていった。
「ご機嫌いかがかな?イザス」
目の前には、仁王立ちした、見慣れた幼馴染みの顔があった。
「や、やあライク、今日は良い天気ダナ?」
イザスの発言の後半は、声が裏返っていた。ライクは押し黙っていたが、息をたっぷりと吸うと、草原中に響き渡る大声で叫んだ。
「さっさと戻れーーー!!!」
「ハイィッ!」

「何処行ってやがったこのバカ息子がッッ!」
イザスの頭部に、ごつごつした父親の手で作られた鉄拳が、鈍い音を立てて直撃した。イザスはその慣れ親しんだ(?)痛みに、
声も出せずに硬直している。工場(こうば)には機械の轟音が響き渡っていて、頭が一層ガンガンと痛んだ。
「十六にもなっといて、まだ三代目になるっていう自覚が無いのか!!」
ジェスは叫んだ。その一言に、イザスは少しカチンときたようで・・・
「―――継ぐ気は無ェって何時も言ってるだろ!?たまには大人しく、説教聞いてやろうと思ってたのによ!」
「てめェ・・・何様のつもりだ!」
と、いうことで、機械の轟音に負けない大声で、イザスとジェスの親子喧嘩が始まった。
明らかにタイミングがおかしいが、この喧嘩の合間に、軽く解説を挟んでおきたいと思う。
イザスは十六歳、祖父が始業した町工場の三代目(予定)である。
母親は幼くして他界、以後ずっとジェスに育てられてきた。御陰様で、というかなんというか、
イザスはすっかりたくましくなった。それでも実は優しいその心は、母親譲りなのか。
将来はこの小さな町を抜け出て、何か一つデカイ事をしたいと思っている。
そしてライク。イザスと同い年の幼馴染みで、頭の切れる少年である。お隣りさんなので、よく工場を手伝いに来る。
そうこうしている間に、喧嘩は更にヒートアップしていた。
「前から思ってたけどな、親父はアタマが固過ぎんだよ!機械ばっか相手にし過ぎて、鉄屑になっちまったんじゃねーのか!?」
「何時から俺にそんな口を叩けるようになったんだバカ息子が!誰が飯食わせてやってるんだと思ってんだ!」
「ハ、笑わせるぜ!俺がいなきゃ、無駄にデカい体してるくせに、寂しいんだろ!?だからいてやってんだよ!!」
「何時!誰が!いてくれと頼んだよ!?俺といるのがそんなに嫌なら、勝手に何処へでも行けばいい!」
「ああ・・・そうさせてもらう!!!」
イザスはそう言うなり、くびすを返して工場から走り去った。
作業に戻っていたライクは、心配そうに眺めていたが、イザスが出ていった後、ジェスの元に駆け寄ってきた。
「おじさん、俺、行ってくる」
「そんな事しないでいい、ライク。あんなヤツ放っておけばいい」
ジェスはそう言って、事務室に行ってしまった。ライクはどうしようか迷ったが、数秒して、
副長(工場でジェスの次に偉い)に「ちょっと行ってきます」と言い残すと、外に走っていった。

「ああぁ〜、ッたく、あのクソ親父め」
フロートバイク(低空飛行するバイク)の速度を上げながら、イザスが呟いた。今彼が向かっているのは、
小さな頃からよく、むしゃくしゃしてたり悲しかったりした時に行った「秘密の場所」だ。
バイクをとばしていたので、ものの数分で辿り着けた。そこはとある雑木林で、柵に「立入禁止」の札がぶら下がっている。
イザスは柵を乗り越え、ずんずんと奥へと進んでいった。小川を飛び越し、坂を下り、どんどんどんどん入っていき、やがて、
森にぽっかりと穴が空いたように出来ている空間に出た。
「―――全く。お前は全っ然変わらねえなあ」
小さな頃からの古い「友人」に、イザスは話しかけた。
彼の目の前には、他の木々の数倍の高さ、太さのある巨木が、どっしりと根をおろしていた。その木の葉は、
不思議な事に、六角の星の形をしている。
イザスはその太い幹に手を当て、その手を滑らせるようにして、気の周りを歩き始めた。半周を回ったところで、イザスは足を止めた。
木の幹に、人一人が丁度入れるぐらいのくぼみがある。
そこは、イザスのお気に入りの場所だった。
イザスはそこに腰掛け、ふうと一息つき、それからは言葉を発さなかった。風でなびく葉は、イザスに語りかけるように音を立てていた。

「―――ぅえっくし!」
あたりの寒さにイザスは飛び起きた。飛び起きた拍子に、くぼみの天井に頭をしたたかに打った。
「でっ・・・・・・・・・あー・・・んだ、寝ちまったのか」
頭をなでながら、イザスはくぼみから這い出た。腕時計を見ると、針は午後七時を指していた。当然、辺りも暗く・・・
と思っていたのだが、違っていた。
太陽は確かに沈んでいた。然し、今イザスがいる巨木のあたりは、奇妙な光に鈍く照らされていた。
「んん?俺は寝ぼけてんのか?」
自分でそう言う人間に、寝ぼけている者はいないと思うのは私だけなのか。
不審に思って、イザスは辺りを見まわした。すると・・・
「・・・お、お前、どうしたんだ・・・!?」
「友人」を見上げながら、イザスは叫んだ。
星の葉を持つ巨大な友は、その葉を銀色にきらめかせ、風も無いのにざわめいていた。幹は金色に輝いている。
イザスは絶句してしまった。ただ、今まで見た事のない友の姿を、しげしげと見まわすだけだった。
さっきまで自分が座っていたくぼみに視線が向いた。するとそこには、黒い水面のような膜があり、定期的に波紋が広がっていた。
そして波紋が発生する感覚が、徐々に短くなっていった。
次の瞬間、膜は強烈な光を放ち―――



ドスッ!
「ぐえっ」
くぼみから飛び出してきた「何か」が、イザスの腹部に直撃した。イザスはバランスを崩し、それと一緒にもんどりうってしまった。
イザスの頭部に、木の根がぶつかった。
「あ痛っーーー・・・」
頭に強打を受けるのはもう今日だけで三度目だ。頭がおかしくなっちゃうんじゃないのか?とか思いながら、
イザスはむくりと起き上がり、自分に乗っかっているものを確認した。
傷だらけの少女は、目を瞑って、荒い息をしていた。細く小さな腕が、自分をしっかと掴んでいた。
そして目の前で、彼女の純白の「翼」が、ばさりと動いた。
「はあ・・・ッ?」


次の話を読む

読むのを止める