第二話「『天界』が『冥界』に?」

「―――何だコイツ!」
自分に覆い被さっている傷だらけの少女を見て、イザスは大声を上げた。
見た感じ、年はイザスよりも二〜三下、外見は普通に人間、といったところだ。そう「ある一箇所」を除けば。
背中に生えている、大きな純白の翼。彼女の荒い呼吸に合わせて、わずかに揺れ動く。
・・・・・・全く不思議でならない。
イザスはとりあえず彼女を抱きかかえ、木にもたれ掛かれさせた。と、辺りがだんだんと暗くなっていく。
振り向いてみると、彼の友人が、平静を取り戻しつつあった。銀の葉も金の幹も、存在していなかったかのように薄れていく。
くぼみを見ても、あの膜はもう無い。
イザスは少女の方に向き直ると、肩を揺さぶりながら呼びかけた。然し、これといった応答は無く、辛そうに唸っているのだった。
はあ、と、溜め息をつくと、イザスは少女を背負い、友人の元を後にした。

「こんな時間になるまで強情張るのか、お前・・・」
ジェスは、やっと帰宅した一人息子を玄関で迎えて、呆れたように言った。
「わーりぃわりぃ、ちょっとうたた寝しちまってさ」
「ったく、ほら、さっさと入れ。バイクの整備は後で良いから」
「ああ、親父ちょっと待って、こいつさ―――」
と言って、イザスは背負っていた少女を玄関の床に降ろした。ジェスは彼女を見て、ひどく驚いた。
「い、イザス、お前彼女いたのか!?しかも年下・・・」
「バーカ、違うよ。ほら、こいつの背中、見てみろよ」
イザスは彼女の肩を掴んでぐいと引き、ジェスに背中のそれを見せた。ジェスは更に驚き、
「ええぇっ!?お前これって、俗に言う、こ、コスプ」
ドゴシッ
イザスの蹴りが、ジェスの即頭部に決まった。
「何時までボケてんだバカ親父!さっさとこいつを部屋に入れて、怪我の手当てするぞ」
「あ、あぁ」

「んー『天使』ってヤツだろ?」
家に呼ばれて来たライクは、手当てが済んで、所々包帯の巻かれた少女を見て言った。
「やっぱお前もそう思うか?」
「ああ。実在するとは思ってなかったけどな」
「・・・・・・でもさ」
イザスは少女を見て言った。
「以外と普通の服着てんな。もっと変わった、ひらひらしたやつ着てると思ってた」
「ちょっと幻滅・・・かな」
確かに、少女は、そこらへんの―――それこそ、イザスやライクみたいな―――人間が着るような、ごく普通の服だった。
背中に、翼用の穴が二つ、空いてる以外は。
詳しく言えば、桃色の上着に、青のズボンを身に付けている。
「―――ぁ・・・ぁあアアアアアアアアアッ!!!」
イザスとライクは、突然叫んだ少女にビックリした。おまけにその声の甲高さに、耳鳴りがする。
少女は叫び声が最高点に達するのと同時に、バチッと目を見開いた。見覚えのない天井と、埃っぽい空気に、違和感を覚えた。
荒い息をし、顔からは汗が吹き出ている。余程の悪夢だったのだろうか。
二人に気付いた少女は、きょとんとした様子で二人を見つめた。それから一瞬喜んだかと思うと、すぐに「しまった」という顔になり、
体中痛いのも忘れて、部屋の隅に「飛んで」言った。
「に、人間ですか!?」
「「人間です」」
二人はアッサリと言ってのけた。リアクションが薄い事を不審に思った(?)のか、少女は逆に呆気に取られた。
「あ、あまり驚かないんですね・・・私の事」
「こっちは君が気絶してる間に、散々調べたからね」
少女はそう言われて、自分の体のあちこちに、包帯があるのに気付いた。それと同時に、痛みも蘇ったようで、
悲痛の声を上げると、フラフラと降りてきた。床に降り立つと、ぺたんと座りこんでしまった。
イザスは彼女が立ち上がるのを助け、ベッドに座らせた。ライクはそれを待って、質問を始めた。
「俺はライク、こっちはイザスだ。一応訊くと、君って『天使』だよね」
「は、はい―――あ、私は『ルージュ』っていいます」
「じゃ、ルージュ。やたら傷だらけだし、何かあったのかな」
「え、えっと、話すとちょっと長い話になるんですけど」
二人は無言でうなずいた。それを確認すると、ルージュはゆっくりと語り始めた。
「『天使』という存在から説明しますけど・・・天使というものは、実は、人間界の死者の生まれ変わりなんです。
 人間界で死んだ人間は『ゲート』・・・イザスさんと逢ったあの樹の事です。それをくぐって『天界』にやってきます。
 天界に入ったところで、その魂は残っている『心の闇』を取り払われ、天界で生活するようになります。
 それが『天使』というものになるんです。
 そして抜き取られた心の闇は『封印の赤壷』というものに封じ込められます。
 この壷の中に心の闇を溜めていき、一定量溜まると、壷は人間界に向かって闇を放出し、人に溶け込ませる事になっています。
 溶け込んだバランスの差で、善人・悪人が分かれます。つまり、心の闇というものは、常に循環しているんです。
 ・・・・・・私が傷だらけだったのは、この赤壷が一番最初の原因なんです」
「―――と、いうと?」
情報量の多さに混乱しているイザスを無視して、ライクは彼女に訊いた。
「数日前、赤壷に闇が一定量溜まったので、壷は人間界に闇を放出することになりました。
 ですが壷は何故か逆流し、天界に闇を放出してしまったのです・・・闇はそのまま、数名の天使達に溶け込んでしまいました。
 彼等には当然、悪の心が芽生えてしまうわけで・・・」
「その天使達が、君に傷を負わせたって事だね」
「はい。しかも汚染された人数が少数だったので、彼等は極端に悪になってしまって・・・」
ルージュはうなずいて、悲しそうに言った。イザスの頭のコンピュータは、いよいよオーバーヒートをし始めたところだった。
ライクが改めて説明をし始めたが、イザスが理解するまで三時間かかったそうな。

「で・・・分かったのか?」
「お、おぅ・・・」
イザスは苦々しく笑って、親指を立てた。ライクは溜め息をついた。説明する方もそれを聞く方もくたくたである。
「話を再開しても宜しいでしょうか・・・?」
ルージュは申し訳なさそうに言った。イザスはそれを聞いて、まだあるのか、と、すっかりなえてしまった。
「人間界ではいろいろ言われてますが、実際には地獄とか冥界とか、存在しないんですよ。
 ですが、その天使達は、天界を『冥界』へと変えてしまおうとしているんです。
 私は長(おさ)の命を受けて、人間に助けを求めに来たんです。その途中に、襲撃に遭ってしまって、傷を負ったんです」
「そうだったのか・・・」
ライクは神妙な顔つきになって言った。イザスもゆっくりうなずいた(今度は理解したようである)。
「よっし。じゃあ、俺達で助けに行こうぜ」
「関わっちまったし、しょうがねえかな」
イザスが元気に言うと、ライクは静かに返した。
「い、良いんですか!?」
ルージュが驚くと、イザスはにかっと笑って言った。
「当たり前じゃん。何時か俺達もそこでお世話になるんだ。それを冥界なんかにされたら、たまんないってんだよ」
「さ、三人ともありがとうございます!」
「いや、いいって・・・」
イザスが照れ笑いをしていると、ライクが一つ気付いた。
「ん、『三人』?」
「ええ、イザスさんとライクさん、それに・・・」
ルージュはゆっくりと、二人の後方を指差した。そこには・・・
「お、親父ィ!?」
イザスがすっとんきょうな声を上げた。彼女が指差したところには、太い腕をがっしりと組んで仁王立ちしているジェスがいたのだ。
「話は(こっそり)聞かせてもらったぜ。俺も行く」
「な、何言ってんだよ親父、俺達だけで良いっての」
「そうですよ、おじさん。コイツが持ち込んだ厄介事に、おじさんまで巻き込むわけにはいきませんよ」
イザスが「コイツが持ち込んだ」を聞いて凄い睨んでいるが、気にしない。
「俺は保護者だ。子供を守る必要がある。勿論ライク、お前も含めて、だ。それに、話聞いちまった時点で、もう巻き込まれてるって」
「そりゃそうですけど・・・」
ライクは反論出来なかった。
ジェスは二人を押し退けてルージュの元に行くと、彼女の両肩に手を置いて、
「安心しな、お嬢ちゃん。おじさん達が、助けてやるからな」
と、爽やかな(?)笑顔で言った。ルージュは感動して涙ぐんでいた。
「うっわ、親父のあのスマイル、久々に見たぞ。母さんが生きてた時以来だ」
「相変わらず眩しいなあ、あの笑顔・・・」
二人は苦笑いして、ぼそぼそと会話した。
かくしてイザス、ライク、ジェスの三人は、天界を救うべく立ち上が・・・
「なあ、親父、ところでメシは?」
・・・ろうとしていた。



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